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2013-01

堅実な挑戦(2)

 かなり前であるが、「波の上の魔術師」という小説があった。
 のちに直木賞を受賞する石田衣良氏の、手練れた小説技によってつづられたエンターテイメント作品だ。
 内容は、年を取った相場師が、無職の若者を教育し、彼をパートナーとして、とある大銀行に対して復讐をしかける、というストーリーである。その銀行は、過去に非道な手段で大勢の人々を騙し、土地や預金を失わせてきたのだ。
 そのごく最初の部分に、さりげなく、相場修行の描写が出てくる。
 主人公である無職の若者が、相場師に仕込まれるシーンである。
 主人公の若者は、相場のことなど何もわからない。
 そんな彼に、相場師は、簡単な作業を命じる。
 それは、一つの会社の株を選ばせ、朝になったら、昨日のその会社の株価の「終値」だけを、日付の横に並べて書く、ごく簡単な表をつけさせ、さらに、その終値を、折れ線グラフに書かせる、というものであった。
 相場師が、しろうとの主人公にやらせた、「数字を使った相場の修行」というのは、たったそれだけなのである。
 主人公は、一日の残りの時間、えんえん新聞などを読ませられていた。
 ところが、若者は毎日、表をつけ、グラフを書いているうちに、奇妙な感覚に見舞われる。
 終値だけの表の、無味乾燥な数字の羅列が、波のように見えてくる。
 なんとなく、数字が、「波」として見え、波のうねりが見えてくるようになるのだ。
 そして若者は、ある日、表を書きこむときに株価の数字がひどく下がっているのを見て、心臓が跳ね上がる思いがする。
 やがて若者は、徐々に、毎日の終値をつけると、その会社の株価の波のうねりが大きな上がり調子にあるのか、それとも下がっているのかが、つかめてきはじめる……。

 奇妙なエピソードである。
 ただ、終値のグラフを書くことを延々繰り返す相場修行で、若者が相場のカンを養っていく。
 短いその描写を、読み飛ばす人は多いだろう。
 ところが、これは、実際に、日本の一部の相場師たちの間で使われている方法を、小説向けに脚色した描写なのだ。(作者の石田氏も、それを学び、実践し、資金を増やしたことがあると聞いた)
 もしも、こうしたシンプルな方法で、ほんとうに相場のカンが養われるとするならば、何の知識もない初心者が相場にとりくまなければならなくなったときに、どれほど助けになるかわからない。
 それは実際に、どんな手法なのか。
 それを詳しく説明している書籍はないのか。
 ……ある。
 昨年、林 輝太郎という相場師が亡くなった。
 林氏と、氏に交友のある相場師たちが、「相場カン」を養うために行い、すすめたりしているやり方が、この描写のもとになった方法なのである。
 具体的に書名を上げるなら、書籍「脱アマ相場師列伝―具体的な売買法と練習上達について」「商品相場必勝ノート」「うねり取り入門―株のプロへの最短コース 」(林 輝太郎著)や、「あなたも株のプロになれる―成功した男の驚くべき売買記録」 (立花 義正 著) などなど。
 前回の更新で文章を引用した板垣浩氏の、「自立のためにプロが教える株式投資」という本もそうだ。
 それらの書籍の中に、この方法が書かれているところがある。

 この手法自体は、かなり昔からある方法である、という。
 上記した書籍には、その修行方法について、それぞれの著者によって、具体例を用い、わかりやすく書かれている。
 ただ、わかりやすいといっても、全く株や相場を知らない人には、専門用語が並んでいて、どれも少々敷居が高いかなという感じがするので、その点はネットで用語を検索しつつ、読みすすめなければならないだろう。

 その林氏の著作から、この修行方法について、記憶に残る話を一つあげてみる。
 林氏のところに、銀の商品相場で失敗した人がやってきた。千五百万の損を出した、という。
 すると、その場にちょうどやってきた銀の専門の相場師は、彼に以下のような指示を出した。
 「銀相場の終値のデータを、過去二年半分用意し、表に書け。
 表にしたものを見ながら、手書きで折れ線グラフに書け。
 5枚書いたら、林先生の所に持って来なさい。そして、また次の五回を書いたらまた持って来なさい。
 それをくりかえして、二年半分のグラフを、百回書きなさい。
 ただし、二回目以降にグラフを書くとき、同じ作業が面倒だからと言って、一枚目のグラフをそばにおいて、それを見ながらグラフからグラフへ書き写すなどということは絶対にしないこと。つねに表からグラフを作れ」
 そして、さらに細かい売買実践上の注意を与えたという。
 一年後。指示をうけたその人は、損を全て取り返して利益も少しばかり出たと報告に来た。
 そして、あのままであったら、事業は駄目になり一家離散になるところだった、と感謝したという。
 昭和六十年秋の実話である、という。

 これと似た話は、注意していると、まれに現代でもみつけることができる。
 十年ぐらい前にも、ネットで、「会費制でとある先物投資のコンサルタントをする」という人が宣伝文を出していたのだが、その自己紹介のところに、その人の投資歴と、それにまつわる体験談が書いてあった。
 その内容を要約すると、「自分は、以前、デイトレで破産しかけた。しかし、一念発起して、ガソリン(だったか原油だったか忘れてしまったのだが)の終値グラフを幾度も書き続け、今ではその値動きの波が読めるようになった」ということだった。

 いずれも不思議な話である。
 共通していることはただ一つ。
 終値と、グラフ。ただそれだけを、淡々と書き続ける。
 作業だけなら、小学生でもできるだろう。 
 話を聞いた大人たちは、「そんなばかな。そんなことで、株の一体何がわかるようになるというのだろうか」、と思うに違いない。
 ふつう、一般的に、相場というのは、各社の繁盛ぶりや、各国の経済などを分析して、それをもとにあれやこれや考えて売り買いするものだ、と思われている。
 その極端なものがインサイダー取引であろう。
 しかし、このやり方は、それとは対照的だ。
 企業や国に関する情報などには重きを置いていない。
 というか、むしろそれらを邪魔だと考えている向きもある。
(「そんなことをいったって、大きな事件があって、急に価格が上下するかもしれないではないか」と思うかもしれない。
 しかし、実践者たちにいわせれば、もしそれが一時的な現象であるのならば、いっとき、そうしたイレギュラーな要因で、相場に尋常ではない波の動きがあったとしても、しばらくすると元に戻ってくるのだそうだ。
 また、何か大きな異変であるならば、その値動きのはじまりに、なにか「いやなかんじ」がして、すぐに清算し、損を防ぐか、損しても最小限に抑えることができる、という)
 また、相場には、ローソク足といわれる独特の表の書き方があり、それを見て売買を判断する、という手法があるが、このやり方では、それも見ない。
 ひたすら終値だけを追っていく。
 ただ、終値の表を書き、グラフを書く。
ここに、この手法のいちばんのキモが入っているのだ。

 次回は、その手法の修行を出発点とした、投資のやり方の概要をご紹介してみたい。

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