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2012-12

2012年12月、エル・カンターレ祭で、「大仏の説法を聞いた」支部 

20121205 幸福の科学エル・カンターレ祭2

20121205 幸福の科学エル・カンターレ祭1
 衆院選公示がなされた翌日、十二月五日。
 今年の春と秋、会員さんたちで賑わった地元の映画館に、三度、会員さんたちが集ってきた。
 その地方支部では、エル・カンターレ祭を、映画館の劇場レンタルで開催したのだ。
 ……信じられない良企画だった。
 知人に「映画館で法話が生中継されるので」と言ったら大変な驚きようだった。
 何がいいと言って、「映画館」と言うだけで、なんとなく気持ちが華やぐ。子どもたちなど、「映画館に行く」というだけではしゃいでいる。3年後には、また映画館で幸福の科学の映画が掛かるのだろうから、地元の僧団としても、館との関係を良好にしておくに越したことはない。
 当日は、映画館の受付のそばに、専用の受付があり、記帳すると映画館の入場チケットが渡される。
 飲み物やポップコーンを買って、子どもたちを連れ、友人を誘って場内に入ると、スクリーンでは上演前のライブやライトワークが大音量・大画面で流れており、それを見ながらポップコーンをつまんだり、周囲の知己と挨拶したりしている。
 本当に「お祭り」だ。
 支部会場で、こんな楽しく、沸き立つ、本会場ばりの雰囲気が出せるとは。間違いなく、この企画し、実現に奔走したであろうその土地の支部長は、徹底的な会員さん目線である。(これがいかに至難の技であることか)
 ……これで、お客が入らぬはずがない。
 実際、会場に入った瞬間には息を呑んだ。
 最前列から最後尾まで、人がぎっしり。
 どんな映画でも、これほどお客は入らないのではないか。
 ヘタをすると立ち見ではないかとすら思われる入りなのに、まだまだお客さんがやってくるから、婦人部最古参のお人が、細切れの空席を把握しては、シャトル便のように受付と場内を幾度も往復してお客さんをお連れし、場内で困っていそうなお客さんのところに駆けつけてお助けし、さながら場内案内嬢のように立ち働いている。
 なんとか全員が収まって、法話がはじまった。
 画面に現れた大川総裁を見た劇場の一同は、さらに驚くことになる。
  ……大きい。
 総裁が、大きい。
 あの映画館の大画面いっぱいに、入場してくる総裁、演壇に立つ総裁が、実にクリアに映される。
 席が無くて、やむなく最前列近くで見ていたが、総裁が話し出してからがまた凄い。
 あの大画面に、総裁の顔が大写しである。
 ……大仏だ。
 大仏が、説法しているのを聞いている。
 そんな錯覚に陥り、しばらく衝撃で話の内容が頭に入らなかった。
 八十年代からずっと総裁の法話を追い続けているが、こんな大きな総裁の顔を見ながら、大迫力の音声で聞いた説法は初めてだ。
 スエーデンボルグの霊言の霊界探訪譚では、その霊体のエネルギー総量に見合った巨大な霊人の姿が描かれていたが、霊界に行くまでもなく、劇場では、まさに大きな仏の口からクリアーな大音声の法話を聞く体験ができてしまったのだった。
 客席では、ポップコーンを食べながら、母親にもたれかかって大画面を見ているこどもたちもいる。
 場内では、映画を見ているようにリアクションがでやすく、あちこちから「おお」とか「うむ」とか、総裁の話に相づちが打たれる声がする。

 大画面で見る総裁は、少し疲れておられるようにも見える。
 無理もない。
 今年一年で80冊以上の本が出版されたはずである。ギネスの記録は再び総裁によって塗り替えられたことだろう。
 極めて個人的な感想ではあるが、今年後半の総裁の仕事を拝見して感じたことは、「ああ、坂本龍馬、と言う人はこういう仕事をしていたのではないか」ということだった。
 「龍馬は維新の立役者」、といわれるが、その実績は形に残らず、長くその名は埋もれたままだった。
 では、どんな仕事をしていたのか。
 長らく、「龍馬がゆく」を読んでも、今ひとつ胸落ちしなかったその疑問が、この下半期の総裁の動き方を見ていて、つかめたような気がする。
 ……行動原理を示唆する。
 ……金策をする。
 ……武器を調達する。
 ……そして、人に会う。
 幕末に、今にも割れそうな、いや、本来同盟など結ぶべくもなかった薩長同盟を成立させるために、不協和音や活動の滞ったところに精力的に出現して人間関係を調整し、誉めあげては人々に勇気を吹き込み、その気にさせていく。 
 それらを、まるでミツバチが飛び回るようにひっきりなしに行っていたのではないか。
 (そういえば、「インド時代の仏陀も僧団の争議の仲裁ばかりしていた」と、総裁はいつか語られていた)
 下半期の総裁は、息つく暇もなく、セミナーや講演、霊言で軍資金を集め、同時に世間に打ち込む武器としての霊言を作り、さらに、おそろしくまめに人と会い、褒めに褒め、褒めぬいては人を伸ばし、動かしていた感があった。
 その総裁の息吹が、大画面いっばいに映し出されて会場を包み込み、客席は和やかな癒しの雰囲気を保ちながら、後半の「大仏の獅子吼」という迫力を体感することになる。
 こうして、多難の年となった2012年の、その最後の一ヶ月を戦い抜く力が、間違いなく総裁から聴衆に伝わったように感じられた。
 地方支部で体験した、過去最良のエル・カンターレ祭であった。

 それにしても、この企画のために、支部長、スタッフ諸氏はさぞや相当な骨折りをされたことだろうと拝察する。一体どれだけの苦労をされたことか、考えただけで気が遠くなる。
 けれど、その苦労は見事に実った。
 このとき、劇場に満ちていたのは、「大仏」に邂逅し、「大仏」の直説金口を聞く稀な体験をすることができた、地方に住む総裁のファンたちの大きな喜びだった。
 その喜びは、すべてその企画の成就が生み出したものだ。
 大川総裁の遺伝子を確実に受け継いだ人々の仕事といえた。
 こうした企画をする人がいて、それを成功させる人材たちが現場にいる限り、この団体はまだまだ成長するだろう、と痛感する。
 あらためて、まことに深々と頭が下がった。
 そして、「そうした優れた人材が、名を喧伝することもなく、確かな仕事をしてくれている」という事実が、同じく日々を堅実に生きようとしている者たちに、秘めやかでありながらそれゆえに強靱な勇気を、まぎれもなく与えてくれるものなのである。

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