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TPPと、大川総裁の「マスコミの終焉」の予言(2)

 日本を狂わせ、「20世紀の悪魔は活字を通して入ってくる」という、ルドルフ・シュタイナーの予言が完全に現実化した状態を作りあげた、戦後のマスコミ。
 日本をダメにした最大勢力でありながら、どこからの批判もうけつけぬ、最悪の勢力だった。
 実現党のウォッチャーたちに限らず、渡部昇一教授の読者や、数多くのまともな思想を持つ人びとも、幾度「この連中さえ消えたら、どれだけ日本がまともになるか……」と口惜しい思いをしてきたことだろう。

 だが、大川総裁の予言では、それがあと数年で終わる可能性が高い、という。

 この場合のマスコミとは、テレビ局、新聞社、週刊誌であり、その紙媒体のもとじめである出版社、だろう。

 『未来創造のマネジメント』では、その終焉は「インターネット」の普及によって起こる、ということが書かれている。
 だが、これまで、大川総裁の書籍の中で、もう一つ、それらの終焉・あるいは改革ルートが示されていたのだ。
 それがこちら、「問屋制の終焉」についての短いコメントである。

 大川総裁「何百年もの文化的伝統がある日本の問屋制を、アメリカ側は理解していない。
 問屋制というものは、交通が不便な時代には役に立ったが、現代のように、日本中のどこであっても、一日でエンドユーザー(末端消費者)に物を送れる時代においては、世界経済にとって、もはや閉鎖的要因にしかならない。
 流通経路をもっと正常化し、開放すべき。」(『新生日本の指針』の要旨)

 「問屋」。
 宅急便などなかった時代に、メーカーから大量の物資を各地にとりよせて、そこから、それぞれの地元のお店に商品を流す。
 日本では長らく、「問屋」というものが日本の経済界の要となってきた。

 だが、
 「問屋制は、やがて失われる」
 と総裁は予言した。
 ……この講演の当時、まだまだ日本が問屋制に頼っていた時代に、正直この総裁の発言はかなりショッキングで刺激的だった。
 だが、この講演から十数年たったいま、インターネットや宅急便の普及と相まって、確実に日本はその予言を成就しつつある。
 ユーザーは、メーカーから直接、欲しい商品を、安く、早く、手に入れることができるようになった。

 ……ところが、唯一、未だに問屋制が、最悪の形で君臨している業界があるのだ。

 それがほかならぬ、出版・マスコミ界である。

 日本における、書籍販売は、東販・日販という二つの大問屋が牛耳っている。

 しかも、文化保護のため、という名目で、「売れ残った書籍を再び同じ価格で売る再販制度」という、本好きから見れば、まことにとんでもない悪法がまだ残っていて、書籍だけは、日本国内で絶対に同じ価格で売らなければならないのである。
 日本では、書籍に、自由な値付けができないのだ。
 この二重のバインド(拘束)は、本読みにとっても、書店にとっても、なんともイヤなものであった。

 そんな中で、東販・日販は、書店相手に、絶大な権力を持つことになった。
 店頭に並ぶ本ですから、東販・日販が書店のランクを見て決めていた。

 ……たとえば、全盛期の週刊少年ジャンプなど、書店に置けば必ず売上げになった。

 だが、東販・日販のご託宣で、「売れてない書店には、そんなオイシイ雑誌をたくさんくれてやる必要はない」とばかりに、書店の規模だの実績だのを見て、書店ごとに冊数が制限されていた。
 ……一事が万事そんな具合である。

 それでも書店は東販・日販に逆らうことは許されない。
 
  それは出版社にとっても同様だっただろう。
 およそ、日本で本を売りたいという出版社(とくに弱小の)、ならびに地方の書店は、この東販・日販には絶対に勝てない仕組みになっていた。

 ……幸福の科学が生まれたのは、そんな実情に書店が押さえられていて、誰も疑問を抱かない1980年代後半だった。

 当時、幸福の科学は、「生長の家と同じ、文書伝道型」と言われていた。
 まだ無名に近い、大川総裁の書籍を多くの人に読んでもらう、というのが大きな活動目標だったのだ。
 幸福の科学が生まれたての頃、書店と出版をとりまく状況はそんな具合だったのだ。
 そして、会員さんと総裁は、その中でまず、「問屋」を相手にした最初の戦いを、戦いぬかねばばならなかった。

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