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震災と、「中国総領事館建設中止」の意外な関係

 今回の震災について、有名人が「天罰だ」といっては、マスコミにたたかれて謝罪させられる現象が、日本のみならず世界中で見られたようだ。
 叩いているのは左翼系マスコミのようである。
 古くから宗教は、天変地異が起きるたび、「祟り」「天罰」として、人々の身を改めるよう、呼びかけてきたが、昨今のマスコミは、それすら無効にして、「人権」とか「思い遣り」などを盾に、「天罰なんてとんでもない。オレタチには何の責任もないんだぜ」と、宗教家の諫言を打ち消し、人をさらに破滅の道に進ませようとしているかのようにも思われ、あまりいい気持ちがしなかった。

 ところで、新宗教では、天変地異を、「マイナスのエネルギーが蓄積されたものが地球に異変を起こしている」、とか、「作用反作用の法則」などという言葉を用いて現すことがある。
 これは、裏を返せば、マイナスのエネルギーが抜ければ、そのぶん、天変地異も、戦争での人死にもなくなる、という考え方で、結局は「悔い改めましょう。地上の人の心が清くなれば、マイナスのエネルギーは減って、天変地異が起きなくなります」という、昔の宗教者と同じ結論に導くもの。
 だが、「因果の理法」を物理法則的な言い方で現していて、ちょっと目新しく、面白い言い回しだなと常々思っていた。
 ところが、その法則が今回の大震災にも援用されるのではないか、という意見を、少し前に聞いたので、ちょっとした地方のニュースと共に、ここに書き付けておく。
 
 今回、大変なダメージを受けた大震災。
 だが、「今回、震災のために、某国からの侵攻が、わずかに鈍っているのではないか」
 という感想を、小生は、とある会員さんから聞いたのだ。
 その会員さん曰く、
 「日本は一定のマイナスのエネルギーを抱えていて、それがさまざまな滅びとして現象に現れているのだとすれば、今回、『震災』という形でマイナスエネルギーが吹き出した分、『他国からの侵略』という現象のリスクがわずかに弱まったように感じる。
 辛い話だが、『帳尻が合っている』という感じがした」
 とのこと。
 面白い発想だなあ、と、心にとどめておいたのだが、数日前、この記事を見たとき、その会員さんの言ったことを思い出した。
 その記事というのは、こちら。

【東日本大震災】 中国人避難者殺到で新潟に中国人専用避難所  ゴミ処理に苦労
http://www.news-postseven.com/archives/20110420_17947.html

 この記事の前知識として、櫻井よし子氏の主張にもあるように、
 「中国は、新潟市に拠点が欲しくてならない。そして、いま、非常に首都圏へのアクセスの良い絶好の場所に、広い中国総領事館・中華街構想が進行している」ということ。この件は、以前、このブログでもお知らせした。
新潟市の市議会では、3/22の採択によって、進出は阻止され、案件は否決されたが、その理由については、今まではっきりと原因を指摘した人はいなかった。
 ところが、この記事では、山田洋子市議により、
「今回の震災で中国人の避難者が新潟に大挙結集したことが、採択に影響した」
 という証言が書かれている。
 記事より一部、山田議員の証言を引用させて頂く。

 「避難所で中国人の方々が出した食べ物などのゴミの山を、市の職員が24時間体制で処分していたということを聞いております。
空港でも同様に食べ物のゴミが山のようになっていて、空港職員が片づけるのに苦労したそうです。
 公共マナーの面ではやはり文化の違いがある。そういった面で今回の避難所や空港に大挙結集した中国人に対し、異様さを感じた市民は多かったと思います。当然、それを市議たちも感じたのではないでしょうか」

 ……この山田市議は、実際に市政の人として、新潟市の中国総領事館反対派筆頭として活動してこられた方。
 議会の雰囲気の変化をおそらく、肌で感じ取られたのだろうと思う。言葉の重みが違う。
 今まで、モラルのなさ・強引さで次々となりふりかまわず進出を繰り返してきた中国。
 ところが今回の震災によって、そのモラルのなさを市役所が直接見聞きすることになり、結果、重要な拠点進出をいったん足踏みさせられた形になった、ということだ。
 新潟の中国拠点の頓挫だけではない。
 全体に、一時のことだろうが、日本への侵略の脅威は、わずかにだが押しとどめられた感がある。
 世界的にも、今回の震災のあとの整然とした姿は、阪神の大震災と同じく報じられて、あらためて賞賛の的となった。(この期に及んで、まだ「自らの忍耐強さに酔ってなにもできない日本人」などとこきおろしていたのは韓国のメディアぐらいのものだ。)
 香港のメディアでは、「日本を攻めるなら今だ!」みたいな記事もあったというが、不幸に整然とした態度で耐えている国民に対し、このタイミングでそんなことをしたら国際社会からとんでもない非難をくらうだろう。
 そもそも、中国自体が「この国民性に学ぶところは大きい」と自国のメディアで言ったのは大きい。
 辛いことだが、この災厄で吹き出したマイナスのエネルギーぶん、海外からの侵略がわずかに弱まったような気がする、といわれると、そうかもしれない、と思わされる。それはあたかも、災厄によって傷ついた日本の、亡くなった人の御魂がこの国を守ってくれているようにも見える。
 
 だが、「マイナスのエネルギー」がこれですべて抜けきったとはとうてい思えない。
 まだまだ多くの深い闇をこの国は抱えていて、その力はまだまだ浄化されたとは言い難い質量で存在しているのだ。
 先に述べた竹内均教授の霊言では
 「日本のマスコミが壊滅するまで天変地異が続く」という恐ろしい言葉が聞かれているし、さらに、
 「太平洋岸は地震、日本海岸は侵略の脅威にさらされる」という発言もあった。

 今後、どんな形でそれらが現れてくるのだろうか。
 ……ここでちょっと思い出すのが、「映画 仏陀再誕」である。
 大川総裁の講演「震災復興の道」でも触れられているが、映画・仏陀再誕では、予言のように大津波が描かれた。
 DVDを見返してみると分かるのだが、津波襲来のシーンで、劇中のテレビに映る日本の津波注意報の図と、大波に転覆していく船の姿など、今回、現実に日本中に流れた津波注意報の図や、船の流される姿に酷似していて、正直、ぞっとさせられる。
 あの映画の中では、津波は幻であって、しりぞけられることができた。
 (現実のニュースなどで、いまだに、津波の映像が流れては、そのたび、拙宅の母が 「ああ、あの津波の日の前に、時間を巻き戻して上げたいねえ」と涙ぐむが、同じく、瓦礫の街を見ては、「あのとき、あの映画のように、皆で祈って津波を押し返すことが出来たらどれだけよかったことか」と思ったのは小生だけではあるまい。)

 ところが、ここでもう一つ、劇中の災厄として、「空からの攻撃」の場面があった。これも幻ではあったが、東京上空に飛行物体が現れ、空から街を攻撃するシーンだ。
 このシーンもまた、ある種の予言になるだろう、と総裁は語られていた。
 たとえば、幸福の科学の霊言では、日本海岸の、とくに北陸がミサイルの攻撃にさらされる、と、繰り返し言われている。
 さらに、震災後の講演で、大川総裁は、「ミサイルに備えて原子力発電所の防衛をかためよ」ということを仰られている。
 それらの言葉を併せると、
 「今後、新潟や福井など、北陸の原子力発電所があるところへ、某国から、空からのミサイル攻撃があり、原発が活動を停止させられる」、ということも大いにあり得る話である。
 そのとき、左翼の政権がまだ国政を握り、マスコミが反原発キャンペーンなどしたらどうなるか。
 竹内均教授の霊言では「原発の全停止=日本占領」という恐るべき洞察が語られていた。
 竹内教授の霊言によれば、「次期エネルギーの重水素は、まだ実用化できないだろう。それまでは原発でエネルギー供給をすることは必須である」ということである。(←これは小生にとって衝撃的。重水素の実用化にはそんなにかかるのか……と、厳しい現実をつきつけられたように思った)
 日本に残されているのは、原発を維持しながら、安全性を高め、防衛力をあげていくことしかない。

 今回、映画のように、祈りによって津波を押し返すことは、私達には残念ながらできなかった。
 だが、空からの脅威の予言は、まだ成就していない。
 未起(みき)の悪を押しとどめるには、未起(みき)の善を推し進めるしかない。
 仏の放った「蓮の花びら」が、空からの脅威をすべて滅し去ったごとく、対処の時間はまだ少しだけあるはずだ。
 ……日本よ、気付いて下さい。
 震災に消えた御魂への祈りと共に、日本がその脅威と、対処の方法を見いだすべく、祈らざるを得ない気持ちで満たされる日々である。
 

 ……さて、ここでちょっと、新潟における中国の活動と、幸福の科学の現状について、余り知られていない二つの動きを記しておきたい。

 まず中国。
 じつは、中国は、同市の拠点を諦めたわけではない。
 ご当地の市長は左翼系で、知事も地元もまだやる気満々で積極的に推進系の行事を企画している。
 中国側もこれ幸いと、今度は、広い土地や中心部などの物件を、民間ベースで購入に動いている話をよく聞く。
 住宅地のど真ん中にある県の土地が、ある日突然売れた……とはいうものの、なぜか「売れた話は内緒にしてくれ」などという口止めが町内会からされている、などという話を聞くと、「まさか」と疑心暗鬼にならざるをえない。
 まだまだ予断を許さない市内である、といえる。

 いっぽうで、反対運動では、立ち後れた感のある幸福の科学陣。
じつは、こちらも知られざる活躍をしている人たちがいる。
 それは、二十歳すぎの若い青年部の方々。
 彼らは、選挙のときも、候補者さえ嫌がるような寒空の下で、元気に街頭に立ち続けたし、中国総領事館関係の署名集めも大いに活躍し、29日の講演会も知恵を出し合って人集めに余念がない様子だ。
 宣伝下手なお土地柄なので、幸福の科学でも全国的に知られていないかもしれないが、 献身的な若い人の姿、というのは、人の未来に希望を示してくれ、人を元気にしてくれる、ということを、いつも教えてくれる気がする。
 「空からの侵略を守る蓮の花びら」があるとしたら、その一枚は間違いなく彼らであることに、誰も異論はないだろう。
 春四月、海外からの脅威と共に、隠れた希望の種もまた、この土地には目を吹いて育とうとしているように思う。

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