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小生の考察 日本人の解けない洗脳(2) 信仰を重んじるのは海外では常識

 「宗教、特に新興宗教=悪」というのは、戦後日本人全員がかかっている洗脳、いや、もっとソフトに言えば「思いこみ」であると書いた。
 こう言うと、 
 「えええっ、それって常識じゃないのか。宗教って言うのは、一人の言うことに絶対従わされて、あげく変な踊りとか踊らされるのだろう」
 「宗教が絡むからこの世が戦争だらけになるんだろ」
 「そもそも目に見えないものとか、ないわけだし」
 「金をむしられるだけだろ、弱みにつけ込まれて」

 ……とかいう答えが、十も二十も返ってきそうだ。
 だが、世界はそうは思っていない。

 アメリカは聖書に手をおいて大統領が宣誓して、就任式には必ず大統領の前に聖職者が居て宣誓を聞くけれど、あれは宗教じゃないのか?
 あれが儀式だというなら、
 あちらでは政教分離は完全に建前で、メガ・チャーチ(でっかい教会のことだよ)が政党についているが、宗教が悪ならなんで「ミンシュシュギ」の国民達は、その存在をほうっておいているのだ?

 いや、そもそもあちらで「無神論です」などと立候補時にいったら、その議員は当選できないはずである。

 オバマが大統領の就任演説ではじめて「無神論」を口にしたというのがちょっとしたトピックになるぐらいだ。

 ドイツじゃ未だに教会税があって、宗教団体にまわすお金を国が徴収している。その額は今の日本の消費税なみだ。
 だが、「宗教は悪で、バカのすがるよりどころだからそんな制度やめさせろ」とか言う運動は、ドイツ国民からいまだに聞いたことがない。

 日本のビジネスマンが夫婦でフィリピンに赴任し、現地の病院で細君が出産する際に「宗教は」と聞かれて「無宗教」と答えたら、「宗教のない者は動物だ。そんなはずがあるか。そんな人の世話はできない」と問い詰められて苦し紛れに「シントーイスト(神道の信者)です」と答えたビジネスマンの話は、「読むクスリ」に載っていた。あたかも、フィリピンって原始的で困ったところだねえ、みたいな書き方であったが、世界からみれば逆なのだ。
 
 以上、宗教を持ち、信仰を持ち、神を信ずることは、人として当然のことだ、というのはまだまだ世界中の人が常識だと思っているはずだ。 

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