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「幸福実現党宣言」を聞く(3) 憲法は信仰の対象だった!

 まず、

 総裁曰く、 「憲法を変えなかったのは、日本人がそれまでの縋り所として信じていた日本神道のかわりに、日本国憲法を信仰の対象としたからだ」(要約は小生。以下の要約も同様。正確には書籍「幸福実現党宣言」第一章を参照のこと。)

 なんと。

 言われて、なるほど、である。

 前々から、護憲論者の皆さんには、ちと違和感を感じていた。カタログハウスの通販生活という「左翼買い物雑誌」の付録でまるまる一冊護憲論者の文章を載せた本なども読んだが……なにかしっくりこない。

 その疑問が今解けた。
 そうか、「憲法九条を守れ」「憲法は国の宝」というあの立て看板、あれは、「キリストを信ぜよ」という立て看板と同じたぐいと同じ、限りなく宗教活動に近しいものだっのか。

 たいへん納得した。あれは、美しい理想を守ろうとする、信仰の一種だと考えると納得がいく。

 この時、小生の頭に浮かんだのは、並木路子・霧島昇「リンゴの唄」であった。戦後、第一作の映画の主題歌で、一世を風靡した流行歌だ。

 「リンゴは何にも言わないけれど、リンゴの気持ちはよくわかる / リンゴかわいや、かわいやリンゴ」

 もの悲しいメロディーだった。なぜ流行したのか。

 「リンゴはこの国の人々そのものである。誰も語りはしない。何も語りはしない。この痛みを、この辛さを、この切なさを、語りはしない。けれども、気持ちはみながわかっている。私たちはみな、深く傷ついていまここにいる……これはそういう歌なのだ。」

 そんな解説を聞いたことがある。
 そこにあるのは、国民全員が傷ついた、深い深いやりきれなさであったはずだ。
 戦後はすべてが変わってしまった、という。
 しかし、あれほど熱心に「天皇陛下のために死ぬ」といったいた国民が、すべての矜持を奪われ、国は犯された。なににも縋らずにその後生きていけるはずがなかったのではないか。
 その縋るものが、「日本国憲法」だったのだ。
 左翼の人々は、マルキシズムを心に抱きしめ、右翼の人は、靖国を胸に、日本全員が、日本国憲法を教典としてきたのだ。

 人には縋るものが必要なことが往々にしてある。日本人にとっては神道をとりあげられて、与えられたよりどころが憲法だったのだ。平和の甘美さを説いたその美しい理念に、知識人たちは心を癒され、その憲法を愛した、ということだったのだ。

 小生は、そう解釈した。

 それにしても……これは、人の弱さを喝破した観点からの憲法論を聞かされたように思う。
 日本人の敗戦の傷の痛みを理解していないと、こうした言葉は出てこないものではないかと思う。 宗教家らしい憲法論だ。

 少なくとも小生はこうしたタイプの憲法論をあまり聞いたことがなく、新鮮であった。

 講義は続く。

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