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幸福実現党観察日記

未来に続く道をひらく子どもたち

 今回は、実現党から離れて、とある全国大会のご紹介をさせていただく。
 (今回載せる写真は、プライバシーに関わると思われる場所にすべてモザイク等の処理をかけさせていただきました)

ロボット技術に関して、学生のためのこんな大会があるのをご存じだろうか。
 (クリックで拡大されます)
 学生のロボット大会というと、毎年NHKで放送しているものがある。
 が、この大会はそれとは異なる。
 微妙に名前が違うでしょう?
 NHKで放送しているのは、「ロボコン」、すなわち、ロボットから長いコードが出ていて、学生のコントローラーにつながり、学生がリモートコントローラーで自作機を操作し、さまざまな課題をクリアするもの。
 いっぽう、こちらは「自律型」ロボット……「自分で考え、一人で動くロボット」の大会。
 人が操るリモコンのかわりに、小型のコンピューターのような心臓部を積んでプログラムを入れ、ロボットに取り付けたセンサーの情報から、ロボットが自分に考え、判断して動く。
 競技が始まったら、人間が一切手を触れないで、ロボット自身に考えさせ、判断させ、サッカーをさせたり、人命救助をさせたり、ダンスをさせたりしてスコアを競い合う。
 ……かなり高度だ。
 内容を聞くと、工業大とか、高専の学生さんあたりがとりくむような課題に聞こえる。
 ところが、全国には多々、そんな難しいことを趣味でやる子どもたちがいて、この大会は小学校高学年からの子どもたちが参加できる。
 毎年、全国各地で地方予選が行われているのだが、その地方予選を勝ち抜いた子どもたちによる全国大会が、今年は、この三月に行われた。

 こちらが当日の会場内。
 開会の前、廊下は人でごった返し、立錐の余地もない。

 大会は年齢別に、中・高校生と小・中学生の部門に分かれているのだが、小中学生の部門には、地方代表として小学生が多々混じっていた。女の子の小学生選手もちらほら。中学生を負かして出てくるのだからたいしたものだと思う。

 選手たちはゼッケンをつけ、あるいは首から出場選手のカードをさげている。歩いていると、九州弁から関西弁、東北弁まで、さまざまな訛りが聞こえる。
 びっしりと会場の廊下中に貼られているのは、各チームが提出を義務づけられている自機の説明ポスター。



 ポスターだけでもかなりの力作。
 どれも本当によく書き込まれていて、これだけでも飽きない。

 ここで、自律型、というロボット作成の難しさに関して、もう少し補足を。 
 参加する子どもたちは、あらかじめ自分で考えたプログラムを、自分のロボットの頭脳部分に仕込んでおく。
 プログラムはそれぞれの競技に応じて工夫されている。
 下の図にある、小さい四角いいろんなアイコンが、さまざまに線で結ばれているのは、自分たちで組んだプログラムの図。レゴのロボット製作用のキットを使ったものも、結構ある。
 
 センサーの配置と調整についても、それぞれに工夫がある。

 このセンサーの取り付けというのも競技を左右する。
 たとえばサッカー競技では、まず赤外線を発するボールを探すための赤外線センサーが必要だし、フィールドの外枠のラインを超えるとペナルティで一時退場になるので、床のラインを探知するセンサーも必要となる。
 壁に当たったら方向転換しなければならないから、タッチセンサーの助けも必要となるし、自分のゴールと相手のゴールを区別するための、方角を知るコンパスセンサーというのもある。
 子どもたちは、どのセンサーが必要かを考え、工夫をこらして取り付け、全てがうまく働くような配線とプログラムを考えて作ってくる。
 ポスターにはその工夫も書かれているものが多い。
 さらに、ダンスのロボットになると、全く大人には発想できないような面白さだ。
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 これらのプログラムの作成からセンサーの選択・取り付け・機体の設計から製造まで、すべて子どもたちが自分で行うのだ。
 「それなら、大人が作って子どもに持たせれば楽勝なのでは……」などと考えるかもしれないが、実はそういうことをしてもうまくいかないルールになっている。
 まず、選手たちとロボットには、こういう場所が割り当てられる。

 ここは選手の子どもたち以外は、立ち入り厳禁。
 そして調整に入るわけだが、当日、会場では「車検」というものがあって、そこでロボットの大きさから仕様から動きから、厳しいチェックを受けなければならない。この車検がなかなか、通らない。

 車検を通らなければ、失格となる。
 全国からやってきたというのに、失格で終わった、なんてことになってはたまらない。彼らはそれまでの予選会で数多く破ってきた、同じロボット好きな地元の子たちの代表なのだ。
 車検終了時間までに、子どもたちは必死で当日の規定に従い、ロボットの修正や、最悪、作り直しをすることになる。

 この大会は、どんなトラブルも子どもたちが自分で考え、自分たちで収拾をつけるという原則なのである。
 車検の担当の人たちは、落とすだけではなくて、丁寧にアドバイスしてくれる。

 なんとか時間内に車検通過して、フィールドで実際にランさせてみる。

 これがまた、うまくいかない。会場によっては、光の加減なども違うから、センサーのプログラムの数値を変更したりしなければならないと聞く。調整、またラン、また調整。

 そのあいまに集められ、試合前の各種注意を聞くチームリーダーたち。

 ようやく試合開始。こちらはサッカー部門。

 遠方から家族みんなが応援に来たチームなどは、点が入ると拍手拍手だが、逆に点を入れられるたびに青ざめ、静まりかえる。緊張の連続だ。
 いっぽう、ダンス部門は楽しそう。人だかりで入れない。

 装置はどこも大がかり。これだけの装置を持ち込んで、一体どんな舞台をするのか、積まれた機材をみるだけでも楽しい。

 開催期間は二日間。出場者の多くは家族ぐるみで周辺に宿をとり、二泊三日で参加する。
 予選会は長時間にわたり、外が暗くなるまで続く。
 会場で、パドックで、予期せぬトラブルは続出。疲労した子どもたちの中には、ケンカもはじまったりして、泣き出す子どもたちもいる。
 それでも、子どもたちはがんばって予選を繰り広げている。
 ここは「自律型ロボット」の、いわば「甲子園」。
 同時に、この全国大会は、優勝すると世界大会への出場権が与えられ、世界の自律型ロボットの製作少年たちと戦うことになる、日本予選でもあるのだった。

 世界大会は七月。今年はブラジルだそうである。

 おそらく、この子たちのヒーローは、サッカー選手や歌手や、政治家ではない。
 将来の夢は、研究者や発明家だ。
 実に地味な仕事ではある。
 しかし、「彼らがいかに世界にとって貴重な存在か」ということを、最も繰り返し力説している宗教家が、幸福の科学の大川総裁である。
 特に、2015年開学予定の幸福の科学大学設立に関し、総裁は、「未来産業学部」を創設するように指示し、ことのほか、理数系の研究者の養成を重視している。
 これは従来の宗教家から見ると、極めて面白いことだ、と思う。
 宗教団体というのは、一般的に「自然に帰れ」みたいな発想で、理系の知識の対極にある行動や思想を持つことが多く、むしろ敵視している人たちもいそうな感じである。
 だが、幸福の科学と大川総裁は、ことあるごとにロボット技術の発展を強く期待・推奨する。
 総裁は、ロボットの発達で、現代のこの世の不幸をずいぶん減らすことができる、ということを、最も明確に理解しておられるからだろう。
 「いかに人間の嫌がる仕事を担って貰うロボットができるか。人間の代替ができるロボットにはニーズがある。もう一段の進化があってもよい」(「未来産業学とは何か」大川隆法著より)

 具体的に考えるなら、いくらでも事例がある。
 たとえば、「介護地獄」などという言葉もあるが、介護に置いては、排泄の始末と入浴は本当にネックになる。これがクリアできないから、施設にいれることになってしまう。
 だが、すでにこのジャンルでも、汚れ仕事や重労働を助けて活躍するロボットが次々と生まれている。
 これがもっと知られ、普及するならば、老夫妻の二人暮らしで、どちらか片方が倒れても、自宅でともに暮らし続けることができるし、お嫁さんが介護疲れで参ってしまうこともない。(早くこうしたロボットが廉価になり、せめて介護施設 (←どこも人手不足だ) にすべて普及してほしいものだと思う)
 また、大川総裁は、別な講演の中で、今後、このままでいくと、
 「先進国が、まだ貧しい外国の人を、安い賃金で汚れ仕事のために大量に雇いつづけることで、やがて新たな階級制度のようなものとなるかもしれない」
 という気の滅入る予測もされている。
 だが、ロボットの機能が発達し、そうした仕事をロボットにしてもらえるようになるならば、そうした不幸は回避できるだろう。

 大川総裁の理論書だけでなく、出版される膨大な霊言集においても、さまざまな過去の偉人が、今後の人類の未来に関して、ロボットの重要性を説いている。
 霊言の中には、「日本人にとっては、外国のように家庭にお手伝いさんとして海外の出稼ぎの方たちを入れるより、ロボットを発達させたほうが抵抗がない」という趣旨の発言もあったのを記憶している。
  この点の心理的な考察については、渡部昇一教授の名著「日はまだ昇る」で、
 「欧米人がチャペックの「ロボット」のイメージによって、ロボットを人間の敵として不気味に恐れていたのに対し、日本人は「鉄腕アトム」や「ドラえもん」のおかげで、ロボットは友だち、自分たちを助けてくれる仲間だと認識しており、それが日本のロボット技術の推進に大いに役立った」という趣旨のことを書いているが、その通りなのだろうと思う 。
 特に大胆な発言が載っている霊言は、ソニーの盛田昭夫社長の霊言で、氏の提案は
 「手触りのソフトな、ぬくもりのある犬のような介護(犬?)ロボット」
 「犬ぐらい忠誠心があって、孫のように憎まれ口を利かないソフトなロボット」
 からはじまって、
 「女性が働く間に、子どもを見守り、何かあったら連絡してくれる、ソフトな手触りの学習機能付き子守ロボット。これは、(今の技術でも) 十数年くらいで、できるはずだ」
 さらに、
 「家事が全てできて、『嫁をもらいますか、これを買いますか』がコピーになるような嫁ロボット」
 極めつけは
 「女性の体のつくりは家事労働向けなので、女性も働く時代になったら、そういう時代に対応できるように智慧を出すべきだ。人工子宮で代理出産するロボット。( 女性が受胎して、ある程度、自らの子宮で胎児の形ができたら ) あとは人工子宮に渡すと、そのまま自分の胎児を育んで出産してくれる。名前は「ニュー・カンガルー」なんてどうだ?」(『公開霊言 豊田佐吉・盛田昭夫 未来産業の作り方』より)
 という究極の少子化対策を語らせている。
 これらの記述は、現代のメカニカルなロボットの姿でも可能なのかもしれない。
 しかし、ここで一つ、大川総裁は前掲著で、「タンパク質でできるロボットについて、研究の余地がある」とはっきり語っている。
 そうした生物学の知識と組み合わせれば、上記のような役割もすべて無理なくできるだろう。
 いや、むしろ、ロボットの概念が変わってしまう。
 (「ただし、この先、ロボットに魂を宿らせることに成功したときに、新たな問題が出てくるだろう」、とは、総裁も常々語られている。
 こうした、単に作業する機能のみならず、「魂」の宿ったロボットが出現したとき、どうなるか。人間はロボットを奴隷階級のようにするのか。宿る「魂」が、悪人のものだったり、倫理のない動物のものだったらどうなるか。また逆に、「悪い人間もいれば、善良なロボットもいる」という事態もあるだろう。それらの事態をどう考え、どう処していくか。それが人類の課題として、新たに加わるというのだ。)

 まことにロボットの可能性というのは、今の人類にとっては、フロンティアのように無限に広がっている。
 今後、あらゆる産業で、今の我々には想像もつかないような世界が、人間の未来に展開していくのだろう。
 だが、それらの未来は、天からふってくるものでも、地から湧いてくるものでもない。
 その未来が到来するかどうかは、まぎれもなく、ただ今、こうして全国大会で泣いたり笑ったりケンカしたりしている、こうした子どもたちの流す涙と汗に、すべてかかっていることなのだ。

 努力し続ければ、どんな未来もきみたちは、きっと実現させてくれるだろう。

 そして、世界に未来を連れてくる技術や研究者を目指す子どもたちのために、こうした大会をずっと重ねてくださっていた、自律型ロボットを愛する全国のスタッフと協力者の全ての方に、感謝したいと思います。

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